創建は約1600年前と伝えられており、飛騨の二の宮として広く信仰を集めている。
応永19年(1412年)再建の本殿と天正9年(1581年)再建の拝殿は、ともに国の重要文化財に指定され、中世の代表的な建築様式を今に伝えている。
本殿南側の妻[つま]に施された「鳴いたウグイス」や拝殿軒の「水を呼ぶ鯉」は、飛騨の匠の手により作られたもので伝説のある彫刻。
また、境内の樹齢1200年以上の夫婦杉は国の天然記念物に指定されている。
アクセス→
国道41号沿い。朝霧橋交差点より高山方面に向かい約800m。
上本殿の近くにある杉を“雄杉”(高さ25m)、下お祓い所の近くにある杉を“雌杉”(24.7m)といい、雄株・雌株ともに樹周り12.5mもありいずれも見事な巨木であります。
樹齢1500年を超すといわれ、国指定天然記念物とされています。雄杉の地上八尺のところに豊満な婦人の乳房の形をした樹のこぶがあり、乳状の樹脂を分泌し母乳の少ない妊婦から、「もらい乳のこぶ」としても信仰されています。
むかし、久津八幡宮でひとやすみしていた旅の男が、いざ眠ろうとすると小鳥のさえずりがやかましく、小石を鳴き声のする方に投げつけた。
小鳥の声は静まったが、ウグイスの声だけはいっこうに鳴きやまない。その声が本殿の軒下から聞こえるので近づいてみるが、いくら探してもウグイスは見当たらない。
ふと目についたのは、軒下に木彫りのウグイスがあって今でも鳴き出しそうに生き生きと彫ってあった。
そのウグイスめがけて石を投げると鳴き声はぱたりとやんだという伝説があります。
むかし、雨が降るたびに益田川の水が荒れ狂い、川が久津八幡様まで押し寄せ田畑の流失もたびたびあった。
村人たちは拝殿のひさしに彫り込まれた鯉が水を呼ぶと思い、後から弓の矢を鯉に向けて彫り込んだ。
それからまったく大水の心配はなくなり、村は安らかになったという伝説があります。
中部北陸自然歩道の一部で「健康の道」として、萩原町桜洞地区より上呂地区までのあいだを、用水路沿いに整備された遊歩道。
原則、車は通行禁止となっていて交通事故の心配もなく、全線が水路に沿って高台にあり、なだらかな歩道で見晴らしも大変良く、ウォーキングには最高の場所です。
水神さまがおくれた水。
湧き水の底には丸い石(水神さま)が置かれています。
水は周囲の石垣の間からではなく、その水神さまの底の部分から湧き出ています。
すぐ下には水くみ場もあり、気軽に水神の水を汲むことができます。
その水は、夏場でもとても冷たくまろやかで地元や遠方からも多くの人が水を汲みに訪れています。
風穴は、その昔、火山活動によって造られ、溶岩チューブとも溶岩洞とも言われています。
この風穴は、常時10℃前後の冷たい空気が吹き出し、天然の冷蔵庫として利用されていました。
大正末期ごろ、蚕(かいこ)の種をつくっていた4軒の蚕屋が石室を築いて蚕種(たなず)を保管し、春蚕・夏蚕・秋蚕にあわせて抑制した蚕種を販売していました。
時には、近くの農家が野菜・鮮魚・種芋などの貯蔵にも利用していました。
この風穴を過ぎトンネルを越えると馬瀬地区に入ります。
ここからは萩原街区が一望できとてもGoodな場所。
アクセス→
国道41号線を高山方面に向かい、「朝霧橋」交差点を左折。つきあたりを馬瀬方面へ約700m。